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〒171-0042 東京都豊島区高松1丁目
東京メトロ副都心線・有楽町線「要町」駅より徒歩5分

Profile

講師プロフィールの紹介です。
講師 丸井裕美
ソノリティピアノ教室 主宰

丸井 裕美Hiromi Marui

【ごあいさつ】

はじめまして。ピアノ講師・ピアニストの丸井裕美と申します。
私は音楽教室のピアノ個人講師を経て、現在はソノリティピアノ教室を主宰しています。

講師歴は23年で、これまでに約250名の生徒さんとの出会いがあり、指導を重ねてきました。当教室には、4歳〜70代の方まで幅広くお越しいただいています。

私はピアノの音、ピアノを演奏することが大好きです。
「一人ひとりの心に寄り添いながらレッスンすること」を大切に、質の高い演奏を目指し、音楽を好きになっていただけるようなレッスンを心掛けております。

初めてピアノを習う方、経験があり再び始めたいとお考えの方など、ピアノとの向き合い方は人それぞれです。楽しみながら上達したいというお気持ちを、全力でサポートいたします。

教室名の〝ソノリティ〟は、英語で〝響き〟という意味があります。「心に響く演奏」を目指し、大切にしたいという思いを込めています。
また、レッスンを通して心が響き合うような、温かい人間関係を築いていけると嬉しく思います。
皆様との出会いを楽しみにしております。

【経歴】

宮崎県出身。4歳よりピアノを始める。
武蔵野音楽大学附属高等学校を経て武蔵野音楽大学卒業。同大学院修了。

これまでにピアノを野村幸代、天野賴子、萬歳典子、若尾輝子、ヤン・ホラーク、ヴァレリー・カステルスキー、ホラーク道子の各氏に師事。 ピアノ伴奏法をヤン・ホラーク氏に師事。
また、ザルツブルク・モーツァルテウム音楽院夏期国際音楽アカデミーにおいて、アンジェイ・ヤシンスキ氏の指導を受け、研鑽を積む。

在学中より第27回家永ピアノオーディション合格者コンサート、伴奏者として皇居内の桃華楽堂における御前演奏会等に出演。

大学院修了後も、ジョイントリサイタル、ムジカ・ボヘミカ第19回、第32回、第36回ピアノ演奏会等、現在に至るまで各地でソロ、伴奏者として多数のコンサートに出演している。
宮崎、東京にてソロリサイタルを開催。
2009年より及川音楽事務所に所属し、以降度々ガラコンサートに出演するなど、演奏活動の幅を拡げている。

【受賞歴】
【資格】
【音大等への合格者】

Messageピアノと私

「ピアノをやめたいと思ったことはありますか?」という質問を受けることが、しばしばあります。私の場合は、そう思ったことがないのです。
私はピアノを弾くことが大好きです!
ここでは、ピアノとの出会いや恩師についてなど、少しお話させていただきたいと思います。

ピアノを始めた頃

4歳のとき、地元(宮崎県延岡市)のヤマハ音楽教室にてピアノを習い始めました。当初はグループレッスンで、自宅にあったのは小さなオルガンだけ。

小学1年生のとき、学校から帰ると家の前に大きなトラックが停まっており、真新しいアップライトのピアノが家のなかに運ばれていくのを見て、感激したのを覚えています。祖父からのプレゼントでした。

ショパンへの憧れ

当時のヤマハの先生が、ショパンのノクターンop.9-2を演奏してくださった時、子ども心に「こんなきれいな曲があるんだ!」と感じ、ますますピアノが好きになっていきました。
「もっと上手くなりたいな」という思いは、この頃から今も変わっていません。

楽しかった合唱部での3年間

小学校では4年生から合唱部に入り、とても綺麗な歌声でチャーミングなお人柄の、音楽の先生との出会いがありました。歌う事も楽しかった私は、音楽が更に好きになっていきました。

自然に音楽の道へ

小学5年生のとき、地元で指導に定評のあった野村幸代先生に習うことになりました。
それまでは楽しくのんびりと弾いていましたが、急に曲数も増えて本格的なレッスンとなり、練習時間はかなり増えていきました。

中学2年生の秋頃からは、大分県の天野賴子先生にも習い始め、中学3年生からは、若尾輝子先生(武蔵野音楽大学名誉教授)のレッスンも、月に1度のペースで受けることになりました。当時若尾先生は81歳でした。

東京へのレッスンへ!

宮崎県の小さな町から、東京・練馬区の江古田にあった若尾先生のご自宅に一人で通うのは、中学生だった私にとって、大変心細いものでした。
当初はブルートレインの『富士』で、はるばる上京していましたが、やがて飛行機に。
それでも先生が、信頼する先生を紹介してくださることで、自然と自分の人生の道筋が開けていくようにも感じました。
人生の節目で、いつも良い先生に巡り合えたことに深く感謝しています。

若尾先生は、威厳と愛情のある先生でした。日本が冷夏の影響でコメ不足になった時期には「あなた、今の音はパサパサしてるわ。それじゃ“タイ米よ”」などと、当意即妙のダメ出しを受けてしまったことも、懐かしい思い出です。

15歳で親元を離れて

中学校を卒業後、埼玉県の武蔵野音楽大学附属高校に入学し、萬歳典子先生に師事。寮生活(4人部屋)を送り、ホームシックにかかりながらも、より一層練習に打ち込む毎日でした。

その後、武蔵野音楽大学のピアノ科に入学。そこでチェコ出身のヤン・ホラーク先生の門下生になりました。小学6年生のとき、初めて自分で購入したクラシック音楽のCD(『珠玉のピアノ名曲集』)の中に、偶然にもホラーク先生の演奏が収録されており、不思議な御縁を感じました。

心に響く演奏

ホラーク先生との思い出は尽きません。先生は、実際に弾いて指導してくださいました。先生の奏でる温かく豊かな響きの音に、私はいつも憧れていました。
音楽は、言葉で完全に言い表すことができません。
理想的な音楽を示して下さるホラーク先生のレッスンには、圧倒的な説得力がありました。
私も言葉だけではなく、できる限り弾いて伝えるという事を大切にしています。

残念ながら、ホラーク先生は2009年、65歳で他界されました。しかし、いまなお多くの門下生がピアノ界で広く活躍しており、私もその一員として誇りを持っています。
ホラーク先生がリサイタルのアンコールで、母国の作曲家ドヴォジャークの「ユーモレスク」を演奏されたことがありました。自然に涙が溢れてきて、本当に心に響く演奏だったことは、今も忘れられません。

指導者・ピアニストとして

武蔵野音楽大学の大学院を修了後は、都内の音楽教室のピアノ個人講師として、子どもから大人の生徒さんまで約250名の指導をしてきました。
2018年に独立し、より自分の特色を打ち出したピアノレッスンを行うとともに、演奏活動も行っています。

また、現在はホラーク道子先生(ホラーク先生の奥様)に師事し、学ぶ楽しさを改めて感じながら、自身の練習も積み重ねています。

私が薫陶を受けたすばらしい先生方の教えに、私自身の経験と技術を加え、それを少しでも多くの皆様に、楽しく分かりやすくお伝えすることができるならば、指導者としてこれ以上の喜びはありません。

ピアノを弾く事、音楽が好きな方々が少しずつ広がっていく事を願い、一人一人の心に寄り添うようなレッスンを心掛けています。また、レッスンを通して温かい人間関係を築いていけると嬉しく思います。

ソノリティピアノ教室 主宰丸井 裕美
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